表紙へもどる
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
【連載その1】「西ブータンの伝統文化、生活、農耕を訪ねる旅」 
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(株)マイチケット 山田 和生
 10月24日より11月2日まで、「西ブータンの伝統文化、生
活、農耕を訪ねる旅」に添乗同行レポートの1回目。


NPO法人アジア太平洋農耕文化の会の企画する、市民の参加するフィールドワークも7回目を数え、今回は西ブータン。ブータンへの最も手軽な行程は、バンコクより空路でパロへの便がある。我々は、いきなりブータンの地を踏むのではなく、平地からヒマラヤへの植生の変化と、インドと中国、チベットの間にあるブータンの地政学的な連なりを体感できればという期待を込めて、インドから地上を這うように陸路を走るコースを採用した。
 カルカッタから、北へ空路1時間インディアン航空はバグドクラ空港に着陸する。ここは中国と対峙するインド空軍の北の要衝だけに警戒が厳しい。空港内だけでなく周辺の軍事施設や大きな橋も写真撮影が禁止されている。シリグリの町を越えるとバスは、広大なお茶のプランテーションを走り抜ける。北に連なる山々はシッキム、南に流れる川はバングラデシュに至る。ここではインド領西ベンガル州が地峡となり、アッサムへと連なる。車窓の左側にそびえ立つ壁のような山並みが目の前に迫って来ると、ブータンとの国境の町ジャイガオンに到着する。一つの町のインド側がジャイガオン、門を挟んでブータン側がプンツェリン、隣り合った双子の町には時差が30分ある。
 プンツェリンの町から山が始まり、7000メートル級のヒマラヤまでの、深山幽谷の谷間にブータンの町や村が点在している。首都ティンプーは2400メートル。空港のある町パロも2300メートル、ティンプーの隣の町プナカへ行くには3100メートルのドチュラ峠を越える。

 農家を訪れてバター茶をいただきながら家の事情を聞き、田圃に出ると収穫に忙しい人に作業の手を止めてもらって稲作の話を聞く。
 今では、ブータンのガイドブックも発行されているので、決して新しい話ではないかもしれないが、添乗記録とブータン路上観察雑記として、旅のメモから拾いだしていきたい。

■■■「ブータンの生老病死」の風景■■■
 生まれて、老いて、病になりて、死んでゆく。仏教的な人生のステージを、写しとった4葉の写真を、今回の旅行のアルバムから選んでみました。
<生まれる>・・・家々の入り口に堂々とそそり立つ「おチンチン」。家のお守りなのか、繁栄への祈願なのか。あまりのリアルさと大きさに最初はギョッとするが、市場でも、お土産屋さんでも、ごろごろと「おチンチン」が並んで売られていることがある。
<老いる>・・・家や農地が女性に相続されていくブータンでは、家の主人はその家のおばあさん。男は、持参金もお輿入れの家具もなく、住み着いて家族となる。

<病になりて>・・・ヒマラヤの谷に経文を書いた無数の旗(ダルシン)は風にはためく。数年たって、旗の布が風に引きちぎられても旗竿はいつまでも人々の健康への祈りを込めて立っている。

<死んでゆく>・・・輪廻転生の世界であるブータンにはお墓がない。火葬にした灰は川などに散骨される。灰の一部は土と混ぜて日干しにして、マロングラッセのような形のツァツァを作る。峠の上仏塔の前などにこのツァツァが無造作に転がっている。

つづく