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 参加する。体験する。考える。「カンボジアこどもの家」

スタディーツアー・ボランティア体験参加者よりの声



カンボジアスタディーツアーレポート
期間:2003年8月20日〜8月26日  大福陽子さん
帰国後レポート
スタディーツアーでは考える日々でだった。今までこんなに考えた日々はなかった。短くて濃い日々だった。たくさんの人に出会って、たくさんの新しいことを知った。帰国後も考えていく宿題をたくさん持って帰った。
c.c.homeに着いた後、一緒に参加された人が小学校に持って行かれるリコーダーでc.c.homeの子どもたちと遊んだ。子どもたちは初めて使うようで持ち方から一緒にした。どうやって仲良くなろうかと不安だったが、リコーダーを通して始まりは順調だった。始めは新しいリコーダーを使うため何も考えることなく吹いていた。しかし、次の日、ある子どもがリコーダーを吹いて欲しいと持って来た時、考えてしまった。このリコーダーは誰が使ったものか分からない。また、リコーダーが庭の土の上に転がっている時があった。私は口腔内に傷があり、衛生面は大丈夫なのだろうか?と考えてしまった。その時は、自分はリコーダーを吹くことはできず、その子どもに吹き方を教えてあげることしかできなかった。次の日も、同じ状況があり、私は同じように吹くことができなかった。スタディーツアーに参加している他の人は吹いている。私はできない。毎日、子どもがリコーダーを持ってきたけれど、私は吹くことができなかった。私はただ自分を一番に考えているのか、情けなくなった。私は最後までリコーダーを吹けなかった。リコーダーを持って行かれた小学校では、番号を付けて衛生面も考えているそうです。帰国後の今、思うことは、c.c.homeでのリコーダーの使い方は、衛生面から考えても良くない。しかし、それを子どもたちに的確に伝えることができなかった。知識もないし、言葉も分からない。私は、単にリコーダーを吹くことを拒んでいただけだった。拒む必要があったのかも分からない。
私は看護の勉強をしているので、衛生面を見、感じることが多かった。私がカンボジアで一番驚いたことは、ゴミ収集の習慣がないことだ。道や家の周りやどこにでもいらないものを捨てる。私も串を草むらに捨てた。でも、カンボジアに着いた時からずっとゴミのことが気になっていた。どうにかならないかと考えていた。ゴミ拾いをしてはどうだろう?と考えたが、切りがないし、無駄だという意見を聞いた。確かに習慣がないことを始めることは短時間ではできない。オカさんの話の中で、何かしようとする時は現地人が望むことをすること、また、継続性が重要だと話された。私がゴミ拾いをすることは、カンボジア人は望んではいない。でも、衛生面を考えると必要なことだ。だが、私がこの短期間にするだけでは継続性がない。考えているばかりで行動に移せない時、スタッフの人が「何事もできると思ってしないとできない。ダメだと思っていればできない」と言われた。私はカンボジアの為に何かしようと思っていたけれど、この短期間ではできないと感じた。私は、生活したc.c.homeの庭のゴミ拾いしようと決めた。最終日にスタディーツアーの参加者の3人でゴミ拾いをした。何をしているの?という顔を押しながら子どもが近づいてきた。「何してる?」と尋ねてきた時、土に還らないゴミを拾って焼き、電池や缶は焼いてはいけないと、ジェスチャーで伝えた。みんなでゴミ拾いをした。『立つ鳥跡を濁さず』ということわざを思い出した。これから、スタディーツアーの参加者が同じように感じて、帰り際c.c.homeの周りのゴミ拾いをする人が出てきたら、それも継続性があるということになるのではないか?と思う。これも自己満足なのかもしれない。私はカンボジアのゴミに対して何かできるのだろうか?
カンボジアに対してのイメージは良い方に変わった。行って良かった!もう少し長く滞在したかった!チャンスがある人がどんどん参加して、自分の目で見、感じて、考えて欲しい。短期間だったが自分なりの『参加する。体験する。考える。』スタディーツアーになった。

大福陽子