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 参加する。体験する。考える。「カンボジアこどもの家」

スタディーツアー・ボランティア体験参加者よりの声



カンボジアスタディーツアーレポート
期間:2003年5月26日〜10月初旬  笠 真奈美さん
「カンボジアでの半年間。
あっという間でした。
ふと、自分は何をしていたのだろうと思うことがあります。
うまい食べ物をたらふく食い、
照りつける太陽の下で思う存分遊び、
そよ風の吹く木陰でハンモックに揺られる。
洗濯をしながら蛙とにらめっこをした朝。
巻き上がる砂埃に顔を隠しながら歩いた昼。
闇夜に紛れた蚊と戦いながら水浴びをした夜。
日本とはまったく違った生活。環境。
雨に打たれ、太陽に焼かれ、
それでも、自分の体が、自分の心が、
何か一つの枠から飛び出たように
自然に自由に動いていました。

カンボジアへ発つ前、多くの方々に言われたこと。
「ボランティアをしに行くのね。すごいね。」
半年間カンボジアにいて、
私は自分がボランティアをしていると思ったことは一度もあり
ません。
ボランティアってなんだろうと思います。
寄付をしたり、技術を提供したり、雇用施設を作ったり。
今、いろんな人が、いろんな所で、いろんな形の「支援」や「援助」について語って
います。
でも、私はこう思うのです。
その人の隣で、その人にとって何が一番幸せなのかを考えながら、
その人と共に生きていく。
それがボランティアではないのかと。

結局、私は何もしなかった。
それでいいのではないかと思います。
私はカンボジアに何かをしに行ったわけではありません。
何かを出来るとも、また、出来たとも思いません。
自らの欲求が赴くまま、カンボジアに乗り込み、
彼らとともに生活をし、彼らと話をした。
それだけです。

最初は、自分は必要の無い存在なんだと感じ、
大きなショックを受けました。
しかし、自分はここで、
「害」にしか成り得ないのではないか。
そう感じるようになってからのカンボジアでの生活は、
ただ、苦しいだけでした。
でも、それを和らげてくれたのは、
カンボジアの人々でした。
大きな大きな心が、あったかい笑顔が、
時にはお節介な、でも、やさしい手が、
私を支えてくれました。

私にとって、今回接したカンボジアの人々は「友達」です。
生きていく場所はそれぞれ違っても、
再会した時に、また語り合えればいい。
同じ時代を生きている友として。
人生のほんの一瞬でも、同じ時を過ごした友として。

カンボジアの未来を決めるのは、
カンボジア人です。
私たち、日本人ではない。
でも、友達が暮らす国を
これから先も、ずっとずっと、
見て行けたらと思います。