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参加する。体験する。考える。「カンボジアこどもの家」
スタディーツアー・ボランティア体験参加者よりの声
期間:2003年9月19日〜25日 N.K.さん
カンボジアこどもの家への参加は、友達に誘われた軽い気持ちで決めました。前から
ボランティア活動をしてみたいと思っていたのでいい機会だと思ったのです。しかし
、することが決まっているわけでもないので何をすればいいか初めは戸惑いました。
結果から言うと私がしたことは、子供と遊んだり、畑を作ったり(それもほとんどロ
ム君がしてくれたけど)、あとは思いっきり笑ったり、とてもボランティアをしてき
たなんて言えません。校庭の石を拾おうという話があったのだけれど、子供たちがあ
まりに元気に飛び回っているので、なんだかばからしくなって結局混じって遊んでし
まったのは、何が必要なのかよく分からなくなったからなのです。日本の価値観で何
かしようとしたって意味がないのです。今の私にできることはないんだなと思って以
来、ただカンボジアの生活を楽しむ旅になりました。
オカさんに一日目、地雷を見せてもらいました。私はそこにいるだけで恐ろしかっ
た。それが学校の裏に眠っていること。毎年1000 人の犠牲者を出しながら援助金
のために撤去されていないこと。そんな話を聞きました。人々は地雷と共生している
んだ、頭では理解できてもやっぱり恐ろしい気持ちがしました。それからこどもの家
に集まってきた子供たちとサッカーやバレーで思いきり遊びました。夜に行ったお寺
のディスコといい、童心にかえってはしゃぎすぎて次の日がしんどかったけれど、す
てきな笑顔に一週間そこですごす不安は消えていました。人なつこくて、本当にかわ
いかった!
三日目の夜にはツアーになんで参加したのか、どんなことを思ったかなど話し合い
ました。ボランティアって意味があるんだろうか。結局観光客と同じようにお金を落
としているだけのような気がしたのです。人々が幸せそうに暮らしているなら何かし
ようなんて、おごりのように感じたのです。けれど私は村の生活の一部分しか見えて
いなかったんですね。スタッフの方たちが考えていた援助はもっと息の長いもので、
自分が答えを出そうと急ぎすぎていたことを知りました。私たちが死んだあとでもい
いから、いい世界になるように。みんなが願えばいつかきっとなるはずだから。須賀
崎さんのお話が印象に残りました。
畑に買ってきた種を植えて、あとをロム君に託して日本に帰ってきました。あんな
広々とした青空、美しい星空、楽しいがたがた揺れるトラックや笑顔の人たちと別れ
るのがすごく寂しかった。一週間で蝿や水シャワーの生活にすっかりなじんでいたよ
うです。お風呂に入って一週間分の汚れを落とす時、やっぱり日本はいいなと思いま
した。きっとまた虫も苦手に戻るでしょう。けれどカンボジアの楽しい毎日を忘れな
いしいつかもう一度行きたいな。思い切って行ってみて本当に良かった、いい経験に
なりました。