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参加する。体験する。考える。「カンボジアこどもの家」
スタディーツアー・ボランティア体験参加者よりの声
期間:2004年2月13日〜24日 松田幸子さん(福井県 22歳)
「誰かのために何かしたい」そんな思いばかりが強くて、支援される側の人の立場で考えたことはありませんでした。今回の旅で一番よかったことは、カンボジアを見たり聞いたりするだけでなく、そこに住む人たちと一緒に「生活」することができたことです。
「貧しくて人間らしい生活ができない人たちがいる。何かしなくちゃ。」そんな思いを抱いて、カンボジアに行きました。しかしそこで私を待っていたのは、市場や村の人びとの親切や子どもたちの歌やおどりによる歓迎、C.C.HOMEの日本語が達者な子どもたちの「どうぞ」という言葉でした。その時私はようやく、自分のものさしで「貧しさ」や「人間らしい生活」を測っていたことに気がついたのです。
「価値観」なんて言葉では片付けられない、もっともっと根本のところで、カンボジアの生活と日本の生活は違っています。しかしもっともっともっと深くで、カンボジアの人々と日本人はとてもよく似ているのです。私がこれまで「貧しさゆえ」だと思っていたことの多くが「暮らし方の違い」によるものであることがわかりました。その「暮らし方」はカンボジアの気候に合ったものであり、日本よりずっと合理的なところもあり、それはとても「人間らしい」ものでした。子どもたちは皆しっかりしていて、家の仕事をしながら学校へ通っていました。何もできないまま成人してしまったわたしは、まるで大きくなりすぎたひよこみたいで、何度もかっこ悪い思いをしたものです。
その人たちにはその人たちの暮らしがあったのに、「何かしなくちゃ」なんて、おこがましいことを考えたものだと恥ずかしくなりました。私たちだって外国人に自分たちの生活をとやかく言われ、勝手に変えられたら嫌に違いありません。もし、カンボジアの人々の暮らしに改善しなければならない点があったなら、カンボジアの人々がその必要性に気付き、自分たちの方法で変えていくのが一番いいことだと思います。その時に助けを求められたら、私たちがやるべきことを、最低限の範囲で手伝えばいいと思います。
これから私は、自分の生活を、自分らしく、精一杯生きようと思います。ボランティアや支援といった言葉を軽々しく口にすることはもうありません。最後にこの旅での多くのすばらしい出会いと日本で待っていてくれた家族に心から感謝し、これはあくまで私のレンズが捉えたカンボジアであることを書き添えて、今回の旅の感想としたいと思います。