期間:2004年8月18日〜8月24日 礒谷裕美さん(大阪府)
まず、この体験ツアーに参加できて、無事帰れてほんとによかったと思います。6月にこのツアーの存在を知ってから申し込んだあと心配していたのとは全く違ってました。C.C.HOMEのスタッフもカンボジアの方々がほとんどなら意思疎通も厳しいのではなかろうか?多忙なオカサンと現地でお会いできるのだろうか?etc..政府の渡航安全情報では、ポイペット方面は”渡航の是非を問う”とあります。8/2に大阪の淡路解放会館でオカサンの公演を聴き、より一層不安な気持ちが増しました。私にはカンボジアに行かなくてはならぬ必然性はないし、自分で自分の身を守る自信もないものが参加してよいものだろうか?公立中学校美術科しか知らないわたしはそれこそお呼びじゃないだろう...マイチケットの事務所で紹介された本を読んで、あっというまに参加を決めたけどやっぱり、キャンセルすべきだろうか?...大阪へ帰省していた、勘の鋭い姉が”行くなら、遺書を書いてから..”などと言いますし、”同時にアンコールワットの遺跡を見るなんて不遜だ”とも言います。
しかし、”考えるだけでもよい、参加費用も子供の家の運営費になる”という案内とともに、”とにかく現場を見たい”という思いで、参加しました。家族には、最初はいつものような観光旅行だといい、
マイチケットの案内やオカサンの本を、出発2日前に渡しました。出発当日の朝、父は”たいした男やな、よう気配りしてるな、視点が違う。”とだけ言いました。
しかし、オカサンや現地のスタッフがわれわれの安全に対しとても気配りされていましたので、身の危険を感じることもなく過ごさせていただけました。
今回はバンコクで一泊したことが都会生活に慣れた私にとってワンクッション置くことになりました。また、バンコクからタイ国境の町アランヤプラテートに行く間、ほとんど休みなくオカサンの話を聞くことができました。(と言えども、実は後半はほとんどうつらうつらと居眠りをして、気がつくと着いていたのですが。)
そこは、かつてカンボジア難民があふれかえり各国のNGO景気にわいた所だそうですが、さびれた田舎町の様にみうけられました。いよいよポイペットの町に接した国境付近です。周りの雰囲気はがらりと変わり、窓からみる人々の気迫ある鋭い目つきにとても緊張しました。中学生ぐらいの男の子も慣れたようすでなにやら動き回っています。国境を越える検問所の制服組は悠々と昼食をとっていました。やっと入国審査となり、ただ机といすのあるところにおっちゃんが座ってパスポートをチェックしています。なにやらお金を請求されました。スタッフの辻田くんがなにやら言うと、急に笑ってフリーパスとなったのですが、”NGO活動だと言った。誰も2重に払う必要はないのだけど。”となんてことのないように彼はひょうひょうとしてました。私はただ、びびってました。ポイペットの市場を過ぎると、舗装されていない粘土質の赤茶けた泥道はまるで春先の雪道のようにすべりました。クーラーのきかない、白いはずのトヨタカリーナは、私たちを乗せて泥を巻き上げ、窓をしめたなかにいる私たちともども、あえぐように進みました。所々に見えるわらぶきの、ひと間の家にいる人々の視線は”よそ者が来た”という感じでした。今思うにこちらのほうが緊張しまくったこわい顔をしていたのだと思いますが。
子供の家は校舎や備品だけでなく、その後の運営についても支援しているが内容は現場に任せているそうです。どこやらの教育委員会とえらい違いです。見学した日はたまたま休校で子供がいないがらんとした校舎は、廃墟のようでした。後日、子供のいる日に行きますと、子供たちは、こちらを気にしているけど活気があり、同じ教室には見えません。掲示物もなく殺風景な教室や、子供の絵らしきものが飾ってある教室がありました。教師の個性や力量の違いによるらしいです。ある教室では、画用紙に動物をマジックで書いたものをロッカーからとってそれを見ながらこどもがなにやら書いていました。ここでは、読み書き計算を教えるだけで時間もお金も尽きているようですが、せめて先生の教材だけでももっと色や形の効果を使えたらもっと子供たちの世界が広がるな、と思いました。しかしこちらで比較的簡単に金もかからず手に入って、子供たちの生活を豊かにできることはなんだろうか?と考えるととても難しいなと思いました。ポイペットの本屋さんでは油性マジックもスケッチブックもありませんでした。タイ製の小瓶のポスターカラー6色セットが75バーツです。ほかの物から考えると高価です。きっと優先順位から言うともっと他のものにお金は使われるのでしょう。でも、C.C.HOMEでアキはとても集中して、ドレスや飾りをつけた女の子を描いていました。私が鉛筆で一人一人のスケッチをするとどの子も真剣な眼で私の手元を見つめていました。リーは動物の絵を描いてと頼んできました。気が付くとボーが描いていました。虹のように色もつけて、なかなか面白いものに工夫していました。こちらではそもそもノートが貴重品だし筆記にはボールペンを使うそうです。長年関わって来られている中野氏曰く、”ちょっとやそっとの教材を持ってきても焼け石に水で、現地で根付かない。ここに腰をすえてやってください。”というのはほんとにそう思います。オランダの支援団体”ZOA”のロゴが入ったロッカーが、唯一の教材保管庫で、備品管理には先生方も困っているそうです。図書館もまだまだ整備できてないので活用しきれていないようです。はるか以前に作られたらしい色あせた造花が飾られていました。きれいな色や形の掲示物があるといいなと思います。
いくつかの学校はレンガ造りの校舎ですが窓には鉄格子があります。オカサンは要らないと言ったけど盗難防止のために必ず要ると言われ、土地のやり方に任せたそうです。
そもそも国の決めた先生の給料が家族を養えないレベルであり、国には給料を払う財源としての税金制度がなくすべて外国の援助にたよっているそうです。その援助もこのあたりには届くこともなく、継続的な資金援助が必要です。しかし、彼らにとって必要なタイミングで必要なだけの援助でないとひとり立ちができなくなる、、、というのは本当にそう思います。ここで作品をどの子にも自ら参加できるようなかたちでできたらいいだろうなと思いました。遊びのようでいて造形的な力を育むような、そんな企画ができるといいなと思います。次回、ぜひまた彼らに会いに行き、話し合いたいと思います。最後に私のスケッチのモデルになってくれた人たちに感謝しています。動き回るリンダやヘンの絵をもう一度じっくり描きたかったですね。どの子もとっても魅力的で、描いてるだけで幸せでした。
最後にシェムリアップまでの旅仲間となってくれたみんなに感謝しています。