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参加する。体験する。考える。「カンボジアこどもの家」
スタディーツアー・ボランティア体験参加者よりの声

滞在期間:2004年11月17日〜11月27日 N.W.さん(愛知県 男性)


「カンボジアこどもの家」スタディーツアーに参加して:レポート

1、カンボジア・ポイペットの風景
 未舗装の穴ぼこだらけ・ほこりだらけの道/車の中で、飛び上がったり、ふんばったり雑草が密生した空き地ばかり/雑草取りすればもっと沢山バナナも採れると思うのだが川なし、溜池もなし、山も見えない大平原/土地の有効利用できないのかな、まずは溜池つくり現地の住居は萱葺きの1ルームの一軒屋生活用水も垂れ流し/市場もびちゃびちゃ・不衛生な感じポイペットの市場/八百屋さん・魚屋さん・雑貨屋さんといろいろの店が所狭しと入った市場トイレットペーパも洗剤も何でも売っているが、タイや近圏の国からの輸入品さとうきびジュース等をビニール袋に入れた飲み物・甘い団子が子供や奥さんの息抜き場所。地面は未舗装、排水溝もなく足元に気をつけて歩く。雨季は溢れた水の中を歩くのだろうスーパーコンビニ風の店もあり、ほとんどの物が手に入る。多分現地の人には高いのだろうがポイペットのカジノ大掛かりなホテル・カジノ、タイ人・華僑の人がほとんどの感じ香港・マカオのカジノに比べて スマートさ、セキュリティーの厳しさはない。

2、CCホーム子供の家のくらし
電気:近くの自家発電のお店から買い電 7時に点灯・10時に消灯早寝早起きの健康的なリズムを取り戻せる。月がきれいに輝いていた。井戸・水 電気が来てる時はポンプで、電気が来てない時は手押しポンプ式井戸で不便なし。 
蚊帳: 久しぶりに蚊帳に入った、40年前は我が家も使っていた。
タイル・ベニヤのゆか、トタンの屋根、隙間だらけの壁、気温:日中30度、明け方10度ぐらいかな日中の暑いときはひやりとしたタイルが気持ちいい。
お昼寝の時 屋根のトタン板からの輻射熱で目が覚める。アルミサッシの窓は機密性が高いが、壁と屋根の間には大きな隙間・密閉されていない。だから、深夜に1辺・明け方に1辺目が覚め、服を着込んでまた眠りにつく。
洗濯 :手押しポンプで水を汲み、洗濯板で手で揉み洗い、洗濯機のない洗濯も久しぶり。
食事 :硬いご飯に野菜炒めの汁をかけて少し柔らかくして食べる。卵やお肉や魚が入っていて、カンボジヤの人にとっては上質なメニューだそうだ。
日本の食事はご飯よりおかずの方が多い、やはり贅沢な食生活なんだな。味付けも・メニューも日本風にしてくれている、唐辛子も香菜(パクチ)も入っていない。食事は問題なし。

2、寺子屋活動について
子供達 :子供は子供。日本の子供もカンボジアの子供もまるっきり一緒。可愛くて,生き生きしていてシャイな子もいるし・飛びついてくる子もいるし、しつっこくて、飽きやすくて…あえて違うと言うと、総じて小さい。6年生ぐらいかと思うと14歳だったり。大人は日本人と変わらない背の高さだから、20歳ぐらいまでが成長期なんだろう。肌の色が黒い。これは、農作業や外遊びが多いからだろう。カンボジアも中国と同じで肌の色の白さが男も女もステータスのようだ。ポイペットのCD屋さんの華僑の子と思える男の子は絹のような服を着ていたが、肌はそれと同じように白かった。バイタクのお兄ちゃんは仕事のせいで肌が黒くなったと嘆いていた。そう言えば、タイのサクセスストーリーは冷房の効いた個室のオフィースで仕事をする事。
CCHOME校舎:カンボジアこどもの家が建てた藁葺きの校舎。屋根も壁も藁葺きだと、暑いカンボジヤには風とうしもよく最適そうだが、雨は漏る、風で吹き飛ばされる(補修は簡単)、耐久性はない。隣の教室の声が聞こえる。
コンクリートつくりの校舎 :耐久性や勉強環境としてはやはり頑丈で、屋根も瓦を使ったりしていて断熱性もあり良いが建築費が高い。環境などの社会投資にどこまで国もやる意志があるのだろうか。
排水 :日本では建物はその土地より一段高くし、排水溝を掘るのに、カンボジヤの校舎はそれがない。雨季は泥んこの床で授業を受けるのかしら。
お菓子屋・キャンデー売り :学校の校舎の隣に駄菓子屋があり、アイスキャンデー売りがいて、子供は買い食いしている。日本なら、買えない子もいるからと言う事で直ぐ撤去だろう。タイの10バーツコインを使って、ビー玉遊びに夢中になっている。勝と1バーツ。賭けている。
先生が不在 :不登校の先生が散見し、子供達は自習したり、ぶらぶらして、いつのまにか帰ってしまっている。先生に因るクラス崩壊状態。先生が来てなかったので補講のつもりで色紙による折り紙を始めたら、皆が集まってきた。そしたら、授業を受けていた生徒も来て,折角の授業をぶち壊したようだ。先生ごめんなさい。
勉学レベルが村々で違う :掛け算・分数の掛け算をしているクラスがあった。九九の表も教室に張ってあった。古くから在る村は経済も安定しているのだろう、服装もこざっぱりしたカンボジアの推奨服を来てる。授業もしっかりとしていて、おとうさんは、中学の開講を要望されているらしい。新しい村の学校はまだ登校・授業を受ける躾の段階か。

3、オプションとして アンコールワット観光を追加して
 スタディーツアーを終え、ついでに 私個人のOPツアーとして アンコールワットに行って来ました。 ポイペット→シュムリアップ(アンコールワットの町)への移動は CCホームのおとうさんにタクシーの手配をお願いしました。8時発→12時着:ポイペットでなぜかおじいさんが乗ってきました。運転手のアルバイトか。費用は1300バーツ(バーツしか使えない、おつりも持っていませんでした)午前中のアンコール・トム(バイヨン)、午後のアンコール・ワットはすごい人で落着いて見れない。
 韓国人・日本人の団体さんが邪魔をする。集団パワーで通り過ぎて行く。そこで廻り方を変えた。昼からのアンコール・トムはほとんど人がいなかった。
いろいろの遺跡があり、郊外の遺跡を廻るとすると充分ゆっくり見て3日〜4日ぐらい必要か。ただ、広い寺院を30度の暑い中、ペットボトルの水を飲み歩くのもとても大変だった。利用した交通機関がバイタクだったので、バイタクの振動を万歩計がカウントしているけどそれを入れ、毎日3〜4万歩をカウントした。昼にはホテルに戻り、お昼寝をしたりして、充分体力回復しながら観光するのをお勧めする。道は砂塵が巻き上っているので、顔を洗ったタオルが黄色く染まった。
 シュムリアップの使用通貨はドル。おつりは現地通過のリエル。1ドル=4000リエル。だから0.5ドルは2000リエルのおつりが来る。朝は宿でフランスパンのサンドイッチ1.5ドル+コーヒー0.5ドル。昼は、遺跡の食堂で、ヌードルかご飯と野菜炒めで2ドル前後。夕食もシュムリアップ市内の食堂で2〜3ドル+飲み物。ペットボトルの水は0.5ドル(遺跡の売り子は1ドル、値切ると0.5ドル=2000リエル、もっと頑張って値切ると1000リエル)。Tシャツ 市内のお土産屋さん10ドル、遺跡の売り子は2ドル、市場のTシャツ屋は1.5ドル。ショウ+食事のレストランは40ドルとぼられたりするが 物価的にはとても安い。

4、シュムリアップ(カンボジア)→バンコック(タイ)
シュムリアップ空港 :新しくなったのかこぎれいな空港ビルでした。デジカメを飛行機の預け入れ荷物に入れていたら、バックを開けさせられ機内持込しろと言われた。なぜ??カンボジアのお土産を買おうと空港のお店を見たが、品数がない。定番のチョコなどのちょっとしたものがない。カンボジア絹のクッションカバー(40センチ四方の袋)が80ドルもする。市内の物価の安さとはあまりにアンバランス。
バンコックエアウェーズ :軒並に30分〜1時間の遅れ。飛び立つ時間になっても飛行機が来ていない。来るととんぼ返りで飛びったていく。飛行場で止まっているのが15分〜20分。手際よく?飛び立つ準備をした。飛行機は久しぶりのプロペラ機。夜の機内食は冷たいパン+ケーキ。
バンコック空港 :私のフライトスケジュールは カンボジアからの到着が21時20分で、バンコック発が22時50分とトランジェット時間がないスケジュールだった。ところが今回は カンボジアの出発が21時と遅れてしまい、バンコク着が22時だった。
それにも増してバンコックについても飛行機がとまったのは飛行場の一番端。どうなるか心配していたが、帰国便のシンガポール航空の人がバンコックについた飛行機のお迎えのバスで待機されていて、空港ビルに着いたらトランジェットカウンターまで走って誘導してくれた。そこで、22時15分。飛行機の搭乗時間が22時20分なので、出発ゲートへ走っていってどうにか間に合った。冷や汗ものだった。一人旅だったのでとても心細かった。トランジェット時間は安全のため2時間は確保をしないとだめな事が判った。


「カンボジアこどもの家」スタディーツアーに参加して 雑感

1)カンボジアという国
 住民台帳がないので税金制度が構築されてなく、国家として機能が確立していないようだ。ナンバープレートのない車が多いの聞くと、「税金を納めても役人のポッケトに入るだけ」という、不信感。確かに、住民台帳がなければ、誰が納めたかも判らないが、疑心暗鬼状態で、カンボジアという車は坂道にかあかって、悪い方の坂道を後退しているが、誰も見ぬ振りをしているようだようだ。
 町で買う食料品や洗剤などの生活用品などは、ほとんどタイ・中国など近隣諸国からの輸入品。お土産お買おうとしても、タイで印刷した絵葉書・写真集で、「カンボジアのお土産を買ってきたよ」と言える物は民芸品も少なく、日本に持って帰って受け取ってくれた人が喜んでくれそうもなく、結局、何も買わずに帰ってきた。
 カンボジアの復興を妨げているものは、カンボジア政府を筆頭にした国民の依存体質ではないか。それを助長したのは国際援助の美名のもとで「モノと金」をばらまいた先進国の政府とNGOなのか。国道5号・6号線沿いの田んぼや池沼地に 赤錆びた看板が地雷注意・危険と表示されている。しかし、農民達・子供達はその中で農作業をし、魚を捕っている。実際には撤去されたが撤去してない事になっているのかもしれない。復興の妨げになっているのが地雷だと思っていたのに、今は 地雷は地雷撤去と言う産業が出来、海外からの地雷撤去支援を貰い、その書類ごっことその事務手数料の名目で中間搾取している人がたくさんぶら下って、本当に困っている人には解決になる活動に適切に使われていない。援助が行き渡っていかないと、聞いた。だから、今は、外国の援助は貰いながら、捕り尽くさないように調整しながら、撤去作業をやってるそうだ。
 このように、カンボジア自体は産業がないために 支援金などが輸入品に対する代金に使われ、復興支援が経済の再生産につながらず、ただ消費に費やされているようだ。したがって、近隣の国を富ませているに過ぎない感じがした。

2)カンボジアの米100表活用
 小泉首相の得意な米100表。たまたま、日本の長岡藩は人事育成に使った。それは、当座 飢えない状態ではなかったので出来た事で、先見の目が有る良き指導者と それに答える住民の 土壌があったからこそ成功したのだ。 もし、飢えてる人に食事を取上げて教育しても効果は上がらないだろう。
 米100表の活用方法として 、
(1)短期的な投資:当面の飢えをしのぐために、消費に使う。
(2)中期的な投資:食える社会を構築するための経済活動の資金として活用し 再生産につなげる。
(3)長期的な投資:「長岡藩の米100表」のように、人材育成に活用する。

 北朝鮮の支援は人道上の支援だから(1)の支援だろう。 カンボジアはどうだろうか。 オカさん曰く、「カンボジヤは食えない国でない。カンボジアは自然の恵みに満たされ、歴史的に 仕事はありませんでした。カンボジアのスタイルは自然と共に生きる事です。仕事=職業は現在 社会のスタイルです。」と言われています。 日本でも中国でもそうだった筈です。しかし、人口が増え、物欲が出、それを満たすための産業が 芽生えたのは近代の歴史が語る流れで、それを一概に否定は出来ない事だと思う。カンボジアでも同じだと思います。外国から入ってきた文化をどう吸収し、活用するかは、その国の政治そのものだと思います。
 中国は、富める者から富むような経済活動をして発展が始まりました。カンボジアも(2)の中期投資に力を入れるべきと思うがどうだろうか。経済活動の結果、その利益で(3)の長期投資に向ける。経済活動のサイクルを廻す必要があり、そうすべきと思う。
 しかし、現実に 今の日本からのNGO活動を見ていると、たくさんの人がわれを争って支援をしている感じがする。オカさんのいう慈悲魔状態だ。各団体が「こんな事がカンボジアでは不足しています。先進国はこんな状態です。」…と、いわゆる支援プレゼントが提案され、カンボジアの人にも説得力を持って導入される。しかし、それを動かすための運営方法・ルール・資金・人がいない。日本人が手助けしている時は活動しているけど、帰国すると活動が停止している。システムとして成り立っていない。不足しているのはたくさん有るので、この支援をするのがベストだと言い切れないが、各々のNGOはカンボジアの人のためを考えて、良い支援をしている。しかし、ベターでもベストでもない。慈悲魔状態だ。

3)カンボジアでの事業活動
 オカさんの支援も私が思うに慈悲魔だ。カンボジアの人が本当に必要な事・請われた事を支援しているけど、援助資金を投入しているだけで、再生産につながらない。オカさんの支援がなくなったらポイペット近郊の小学校と100名の教師が路頭に迷う状態になる。一人立ちしていない。やはり、ひとりNGOは一見かっこよいが、限界があると思う。
 事業する上では、企業家と実務遂行の番頭と、実行部隊の丁稚が有機的に機能し、プラン・ドゥー・チェック・アクションとサイクルを廻すのが活動の基本と思う。ところがNGOはプラン・ドゥーはするが、反省(チェック)し、軌道修正(アクション)がないために根ずくかないのではないだろうか。また、子供の家のおとうさんは、優秀なパートナーで、彼なくてこの事業が成り立たなかったと言われたがもう一歩前進して、お父さんがNGOスタッフだけでなく、例えば 校舎を作ることも出来るのだから建築業や 建築に必要な例えばレンガのような材料を作る製造をやって、その利益で学校運営が出来る事を考えてくれるといいなと思うし、そうすれば 今の事業が根ずくのではないだろうか。オカさんはタイで会社を興し、その利益を持ってカンボジアの支援を始めたと言われていた。オカさんは優秀な起業家だから、そろそろ種まきだけでなく刈り取り後のカンボジアの世界の青写真を作って欲しいし、それを期待したい。

4)NGOの連携・ネットワークつくり
 シュムリアップの日本人が支援している孤児院で「子供の家」のことを聞いたが知らないようだった。シュムリアップには日本のNGO活動に沢山の人達・団体が入っているようだがてんでばらばらのようだ。日本のNGOが連携もなく、勝手に・バラバラに活動しているために、折角の支援が手押しポンプの消火活動状態で水だけまいて終わっているようだ。勿体無い・残念な事だ。何も機械化しなくても火は消せる。江戸の火消しのように ある時は協力し、ある時は競争し、火消しの親方のリードで、水・打ち壊し・避難誘導…と機能してやればそこそこの実績は出る。同じように日本のNGOの支援がもっと横の連携をし、互いに不足分を補間し・それぞれの得意分野、ノウ・ハウを共用すればもっと効果的な支援が可能と思う。「あのNGOはなってない、だから我々はこう活動する…」と、ついイデオロギーが先行するば場合もあるだろうが アプローチ方法や進め方がそれぞれの主義主張があって実施されているいると思う。それぞれが いろいろのトライ&エラーの結果が 今の進め方になってきたと思う。したがって、各団体が批判したり・批評するものではないと思う。 「カンボジヤに何か良い事をしたい」という思いは同じはずだ。 オカさんが言っていた NGOの連携・ネットワークつくりに 期待したい。

5)ボランティアについて
 子供の家のホームページだは、「何か善行をしたい」という気持ちでボランティアをしようとした人に、 金の支援も否定して、助けてあげる・教えてあげる・物や金を上げるというボランティア根性を否定し、 慈悲魔にならないようにと警鐘し、まずは現地に来て、何ができるのか?一緒に考えて行動して みましょう。ボランティアに必要なのは時間ではありません。同じ人間として助け合う気持です。 と、問題を投げかけている・問われていると思った。しかし、実際に現地に行ってみると、 カンボジアに来た日本人が持ち込む文化が、カンボジア人の欲望・好奇心を増大させ弊害を生じて います。現地の方との接触は控えてください。 お菓子一つでも 貰った人・もらわない人が出て利害が生じる。だからあげないで下さい。写真をとらないで下さい。カンボジアの人の物欲を刺激します。だからスタディーツアーに参加した人を隔離します。
 この三段論法では何のためにカンボジアに行くのか? ボランティアに参加した人の人権を無視している。スタディーツアーに参加した人で、相手の思いやりがない人がいる事からの防衛手段なのでしょうが。 犯罪者の人権を擁護して、犯罪被害者の人権を無視しているのと同じ現象だ。
 日本のボランティア活動に参加してがっかりしているのは、ボランティアに参加する人の人権が 無視されている。手弁当で身も心も奉仕の精神で耐え忍べを押し付け、自分で居場所を捜して・ 現地の人に迷惑や無駄な干渉や影響を与えないよう(空気でいれ)にと、言われる。 勝手のわからない知らない場所で、ボランティアに参加した人がまごついているのに ボランティア した人への支援はない。(EX.トイレはどこ、持ち物はどこに置いていいの、昼ご飯は…・・・) ボランティアに来た人の面倒を見る事はできないと、いつも邪魔者扱いをされる。 ボランティアに来た人に指示してくれれば、来た人は自分なりに考え、行動できるのに。 終わった後も、なぜ残っているの?さっさと帰れよ。と言わんばかりの邪魔者扱いだ。「終わりました。」「ご苦労様でした。」と、一声も掛けて貰えないことが多い。感謝の声を期待しているが、そんなことは期待するのが間違っているようだ。だから、ボランティアで手伝っても、むなしさが残るので、自分なりに自己満足し、自分を慰めている。カンボジアでも同じだったのだろうか。

6)おわりに
 カンボジアという国を知らなかった者が、えらそうに感じたことを書いてしまった。一面しか見てなくて、批評や批判はできないと思う。ただ、私なりに見聞きした事から、カンボジアの雑感を書いてみた。
 私の定年後に何か「やりたい。」という、何かを探しているところだが、私のキャラクターは 番頭であって、企業家ではない。いま、カンボジアでは 企業家と丁稚がうごめいていると思っている。私なりに番頭の役割がないかと今回のスタディーツアーに参加したが、私の居場所はないようだ。

7)追記 シンガポール航空の不満
 搭乗まで :搭乗券を搭乗ゲートで改札する時にパスポートの提出を求められ、しばらく進むと搭乗の通路でパスポートの提示をまた求められ,しばらく進むと手荷物の目視チェック(空港のセキュリティーチェックと違うシンガポール航空のプライベートチェック)、飛行機の入口の搭乗券の半券チェックと馬鹿に多い。手荷物をもって移動しているので、カバンやポケットにしまったものを、出せと言う。荷物を下ろしてカバンやポケットからパスポート・荷物・搭乗券の半券をその都度見せ、また失わないようにそれぞれカバンやポケットにします。そのわずらわしさ!実に客を客としてない・馬鹿にしている。
 機内 :関空行きの飛行機だから日本人が半数以上なのは判っているだろうに。
 ・寒い  機内はブランケットを体に巻きつけていないと寒くて。
 ・日本の新聞がない シンガポールからの乗り継ぎ客が取ったのか バンコクからの乗った客にはもうなかった。
 ・個人用TV  取扱説明が不親切、英文・中文しかない。日本文は「コントローラーはこれ」とあるだけ。この程度の表示しかないので、パーソナルランプの使い方もよく判らない。ましてや、ゲームや映画を楽しむのは もっと判らない。そのうえ、悪い事に個人用TVのCPUが時代遅れに古いので、操作性が悪く、セレクトしても動いて表示するのに時間がかかるので、壊れているか・操作を間違ってしまったと思ってしまう代物だった。
 ・機内食 まずい。 デザートはボリュームがありすぎる。

 シンガポール航空は、今まで私の乗った飛行機の中で コーリャン航空の次にサービスが悪い。 又乗りたい飛行機会社ナンバー1は、シンガポール航空の経営者がアンケート会社か アンケートの モニターに賄賂を贈ったとしか思えない。