期間:2005年3月25日〜3月31日 山田文博さん(大阪市)
カンボジア滞在記 第5回(4回目はレポートを出していません)
1.かわりゆくポイペット
春・夏・春・夏・春と5度目のカンボジア訪問となったが、そのたびにポイペット地区はあわただしく変わっていきます。単なる国境地区というだけではなく、カジノの街として急激に変わろうとしています。その象徴として、近くに広大な「ポイペット空港」を建設中です。その客をめあてにした「ホテル」も次々と造られています。物流の大動脈である「アジアハイウェイ」も建設も進んでいます。街の台所である「市場」も新しく区画整理が始まっています。
2.新たな問題
こうして文章にすると、ポイペットが近代的な街へと生まれ変わっていくかのような錯覚を覚えます。しかし、今建設中の「ポイペット空港」も「ホテル」も「アジアハイウェイ」も、元は難民が移り住んでいた場所です。住み慣れた場所を取り上げられ、新たな土地に移り住むことを余儀なくされています。そして新たな場所には、まだ未撤去の地雷が残されていて、人々の命を奪っていく・・・
急激な開発のため、土地の価値は上がり続け、土地をめぐって人々のトラブルが続出して、殺人事件にまで発展しています。今、CCHOMEで支援している学校の中にも、借地に造られている場合、せっかく学校の敷地として整備された場所が、他の用途に使われるようになったり、土地にかかわる問題に巻き込まれたりしています。
持てる者と持たざる者との差は縮まるどころか、開くいっぽうです。
3.日本での研修
その一方、カンボジア人を日本で研修できるようにと、いろいろな試みがされています。
昨年9月より3ヶ月間、ロムさん(CCHOME代表の次男)が、鹿児島県の農場で研修を行いました。実は、日本に来た日、カンボジアに帰る直前の2回にわたって、大阪市内の我が小学校を訪れて、こどもたちと交流をしました。本校ではこれまでに、オカさん・中井さんに2度ずつきてもらい、こどもたちにカンボジアについていろいろな話をしてもらいました。もちろんお二人の話でも、カンボジアについてこどもたちに多くのことが伝わったと思います。しかし、カンボジア人に直接会うことで、カンボジアに対して、よりいっそう興味や関心が深まったと思います。
今年も、この4月から、3ヶ月間で、ロムさん・ホイさん(CCHOMEスタッフ)の2名が、研修に来る予定です。(現在、ビザ申請中で、ビザが取得できればの話ですが)
さらに、熊本県の教育委員会との提携で、CCHOMEで支援している学校の教師1名を、約7ヶ月間の研修に派遣するという計画が進んでいます。(これも、現在審査中で、熊本県からOKの返事をもらえたらの話です)
日本人が、カンボジアで支援するという形から、一歩進んで、カンボジア人に研修をしてもらい、カンボジア人自らが未来をつくっていくという方向が模索されています。そのためには、日本で研修先を広く探しているそうです。まだ、教育や産業など、ありとあらゆる分野で、いろいろな可能性を求めています。
本来、このスタディツアーで、実際にカンボジアの状況を自分の目で見てもらうということが、大切なことだと思うのですが、日本にいながらでも支援できる方法のひとつではないでしょうか。4月に新たに立ち上げられるNGO「モニティ」は、さまざまな支援を探っていくための、受け皿となっていくのではないでしょうか。
4.たいへんつらかったこと
最後に、今回の訪問でたいへん残念で、また考えさせられたことがありました。私たち大阪の学校関係者で支援している学校にも、教材等をもって、今回何度も足を運びました。しかし、こどもがいるのに、教師が学校に来ていないという現実がありました。どのような事情で教師が学校に来れないのか来ないのかはわかりません。(まだ、そういった本質的な内容まで、話し聞き取る語学力が自分になかったため聞きとることができませんでした。)
学校があり、こどもたちがいるのに、そこで教育が行われていないことが、たいへんつらかったです。(もちろん、多くの学校では、きちんと教育が行われています。)
日本でも、教育にかかる予算の9割は、教員の人件費です。教育は、まさに人が行うものです。学校がなくても、教科書がなくても、教師の熱意で教育はできるのだと改めて感じることができたという、皮肉なものでした。
カンボジア人と対話し、そのまわりの問題にも共に考えることの大切さに気付かされ、ただ教員の給料を支援するということだけでは、すまされないと痛感したカンボジア訪問でした。