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【連載】「カンボジア漂流記」第9回 斎藤雅之
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オカさんは案外イベント好きには困ったもので、ツールボンロー小学校イベント第2弾として、シェムリアップからカンボジアの伝統舞踊であるアプサラダンスの教室に通う生徒たちを呼んできてここの子どもたちに見せてあげようという企画が持ち上がった。これは3月の下旬の話か・・・。その頃CCHOMEの宿舎は日本人でいっぱいだった。学生が春休みを利用して次々とツアーで訪れ、私はこの時期送迎のためバンコクとポイペットを常に行ったり来たりしていた気がする。そしてそのコンサートが行われる当日の昼頃、宿舎の二階は満員御礼、我々も頭数に入れると日本人だけで13、4人はいた。それに現地スタッフを入れると20人を超えてしまっていた。そこにシェムリアップからの大遠征軍到着!総勢はここでのレコードとなる70人に膨れ上がってしまった。ただ私は人が多くてやかましいなあくらいにしか思わなかったが、食事を作るペアさん達女性人は悲鳴をあげるほど忙しかった。当然いつものメンバーだけでできる仕事ではない
ため、近所からおばさん連合がこれまた終結して彼女らを助けてくれていた。
さて、私はというと今回は最初から出番なしと決め付けて撮影係をやろうとビデオの点検をしていた。するとオカさん現れ例のひとこと。<斎藤さんにも日本代表として参加していただきますからね>ちょっと待ってくれ〜!なんも準備してないよ〜とゴネたがやはり無駄だった。渋々練習開始・・・。気持ちがギターに通じてしまったのか、かき鳴らしていると「ピーン」という綺麗な音とともに1弦が切れてしまった。替えの弦を日本から持ってきていなかったため、ジ・エンド、のはずだった。ところが現地スタッフで私の兄弟分のロム君が余計なひとこと。
<マサ、アランの市場なら売ってるよ>そのひとことでわざわざ出入国のカードを書いてタイ側の市場までお買い物をしにいくはめに・・・。バカヤロウ!とバイクを運転するロム君に文句を言いながらアランヤプラテートへ。結局弦はしっかり存在していたために購入して急いで帰宅。弦を張り替えて学校に行ってみると幕やらスピーカーやら機材がたくさん運び込まれていた。そのときまだ子どもの数はまばらだったため安心して一旦帰宅。
そしてじゃあ行きますかとオカさんに連れられて学校へ移動してみると・・・人、
人、人!それもこの間のコンサートと比較にならない数のカンボジア人が集まっていた。後での集計約1500人!よくもまあこんなに集まったものだと関心し、そして驚愕した。あの前で歌うのか・・・今度は仲間もいないしなあ〜と一気に憂鬱モードに・・・。始まる直前お父さんがやってきて、<マサ、何曲歌える?>と聞いてきた。私は、<え〜?まあ適当に2,3曲歌えばいいんじゃないの〜?>と答えておいた。お父さんは私に5,6曲歌わせようという腹だったらしい。
ちょっと残念そうな顔をしていた。そうこうしてるうちにイベント開始。アプサラダンスを見たのは初めてだったので(祭りでパウやトルが踊っているのは見たことはあるが、ただの蛸踊りだった。)ちょろっと見ていたが、なかなか面白い。なにが面白いって言えば衣装が面白い。孔雀の羽がたくさんついたものや、エッフェル塔のような冠。意味がそれぞれあるようで、スタッフのスーンが説明してくれたが私の心理状態はそれどころではなかった。次はマサだぞ〜と言われて幕の裏にスタンバイしている状態だったからだ。お父さんの鮮やかなマイクパフォーマンスで紹介された私は、見たこともない数の客を前にして椅子に腰掛けた。そしてこのまえ同様声を張り上げて歌った。不思議なもので歌う前は緊張するが、いざ歌い始めると全くそんなことは忘れてしまっているのだ。逆に快感さえ感じるほどに。結局私は2曲しか歌わなかった。ただアプサラダンスを一つ披露し終える毎に、各小学校の代表がステージに登場してカンボジアのポップソングを歌うという斬新な趣向が用意されており、とても子どもたちが盛り上がっていたのでよかったと思う。
1500人の拍手・・・この先そんなの体験できるであろうか?一応サッカーと同じ、日本代表の肩書きも経験できたし大変満足した。あの拍手は多分一生忘れないだろう。やってよかった。(もうやらないけどね〜嫌ですよ、オカさん!)