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【連載】「カンボジア漂流記」第10回 斎藤雅之
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今回は番外編として、4月のクメールの正月にクラッチェに遊びに行ったときの話。そう、ここカンボジアは1年の始まり、つまり正月が4月の13日かららしい。正確な日にちはわからない。なんせ4月に入るとカンボジア人の頭の中には正月のことしかない。早い人になると4月5日くらいから仕事をしないで遊んでいる始末・・・。
CCHOMEの現地スタッフもそれはもううかれていた。お父さんが6日にロム君を連れて故郷のクラッチェに帰ってしまったため、早い時期からトランプ博打を始めてしまった。気がついた頃には近所からたくさん男連中が集まってきて、1階はまさに鉄火場と化していた。博打と聞いてこの私が参加しないわけがない。ビール片手に輪の中に入った。
みなさんは日本で<大富豪>とか<大貧民>とか呼ばれているゲームをご存知だろうか?ここの連中がやっていたのはそれ。ただ違う点が何個かあったが・・・。
一番の違いはルールを守らないことである。ここらにいる人間は皆ルール無視。それはトランプに限ったことではない。バレーボールやサッカーでもルールはあってないようなもの。だからこのトランプゲームも順番は平気で無視するはカードはスリかえるはで無茶苦茶。頭にきたのですぐにやめてしまった。
さて私たち日本人はこの正月にクラッチェに遊びに行くことになっていた。このとき日本人は私と高橋さん、それにツアーで来ていた女性が3人いた。このうち1人が9日に日本に帰ることになっていたので、私と高橋さんが彼女をタイのバンコクまで送った後、別ルートでクラッチェを目指すことになった。残りの女性2人は10日の早朝プノンペン行きのピックアップトラックに乗り込み、10時間ほどかかってプノンペンに着いた後、11日に到着する我々を待ってそのままゲストハウスに宿泊し、合流後一緒にクラッチェに行く、という予定となっていた。
ただこのときちょうど高橋さんが風邪かなんか怪しい病気か分からないが高熱を出してぶっ倒れていたため、病み上がりの体を引きずっての長旅を強いることとなってしまい気の毒であった。あ〜あ、ついてない人だなあ〜と他人事のように思いつつ看病していたのだが、この旅行中に自分が同じ思いをすることになるとは当然のように知らなかった・・・。
9日、ポイペットを出発しバンコクまで5時間のバス移動。だいぶ慣れはしたが、5時間バスに乗っているのは結構シンドイ。高橋さんはクーラーの全く効いていない蒸し風呂バスの中、一人長袖を着て爆睡していた。鉄人である。バンコクでお客さんを見送り、次の日の長旅を考えて早めに就寝した。
明くる10日、朝早くにバンコク東バスターミナルからトラートを目指した。このトラートからさらに車で行ったところにポイペット同様、カンボジアとの国境の町ハートレークがある。またしてもバスの長旅だ。ほんとにうんざりする。
私は元来あまり乗り物に強いほうではない。子どもの頃はよくゲーゲーやって親父に怒られていた。今はそんなことはないがやはりあまり好きではない。高橋さんも少し気分がよくなってきたみたいで一安心した。暇なバスの中、ビールを飲みながらタイ語の<ハムナプトラ2>を意味もわからず最後まで眺めていた。5時間の移動後すぐにハートレークまで約2時間のワゴン車の旅・・・。つらすぎるよ・・・。
到着後、国境を越えてカンボジア側の国境の町コッコンにたどり着いた。
ビックリしたのがコッコンはポイペットと違って静かなこと。あの砂埃と怪しげなバイクタクシーの大群、物乞いする子どもたちなどといった混沌とした感じがまるでなく、海は見えるし道はアスファルトだし・・・。ここは本当に同じカンボジア国内か?と疑問を持つぐらいであった。2台のバイクタクシーに乗り、ゲストハウスまで運んでもらう途中、大きく長い橋の上を走った。海と海とを結ぶ橋で、今までは船でしか往来が出来なかったのが、我々が通る5日ほど前にめでたく開通したらしい。景色はいいし風も最高に気持ちがよかった。
そして初めてゲストハウスなるものに泊まった。なんとも妖しげな部屋である。カーテンはピンクだし壁には嫌なポスターがべたべた貼ってあるし・・・。明らかに男2人で泊まる部屋という感じではないと思ったのは私だけか?高橋さんのベットは端っこに体重を寄せるとズドンと陥没するし・・・。まあ3回も陥没させてしまう高橋さんにも笑えるが・・・。
明日はプノンペンまでの旅・・・。ブンブンうるさく回るファンの下、2日目の夜は過ぎていった。
カンボジア漂流記11に続く。
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