
10月18日、関西空港を出発し,バンコクへ降りたった。バンコクの空港では、カンボジア子どもの家のスタッフ代表である、栗本さんが出迎えに来てくれている。この日は、カンボジアとの国境にほど近い、アランヤプラテートでホテルに泊まり,翌日に陸路で国境を超える。
19日の早朝、ホテルから国境まで、改造にかなり手間をかけたであろう、派手なサムロに乗って移動した。移動中、ずっと栗本さんからカンボジアの話を聞いてはいたが,見たことのない国なので、全く想像がつかない。
国境に到着し、そこでの光景にまず驚いた。平日の真昼間なのに、やたらと子どもたちが多い。続々と子どもたちが私たちのそばへ寄ってきて,荷物を持ってくれようとする。入国手続きをしていると、急に土砂降りになった。大きな傘を持っている子もたくさんいて、頼んでもないのにさしてくれようとする。もちろん、これは商売。
学校へ行くことより何より,日々の生活をやりくりするために、多くの10歳にも満たない子が稼ぎ手にならざるを得ない状況が未だカンボジアにはある。
その状況を目の当りにし、私は素直に荷物を彼らに預け,日本人の自分にとっては少額のお金なのだから、支払った方がいいのだろうか、と考えてしまった。でも、荷物は自分で十分持てるし、傘も自分でさせばいい。これらのサービスを受ける必要もないのに、お金を渡すだけのためにサービスを受けるのはただの同情
のような気がする。結局、「ごめんね。いらない。」と言って,断った。
私はしばらく変な罪悪感を感じていたが,よくよく周りをみているうちに、子どもたちに対して貧しくてかわいそう、という気持ちはなくなった。子どもたちは働くことを苦にしている様子はなく、友達と話をしたりしながら、楽しそうに働いているみたいだった。ここにいる大人たちには笑顔が少ないのに,なぜか子どもたちには
笑顔が絶えない。
国境からポイペットの「カンボジア子どもの家」までは、迎えに来てくれたスタッフの方の車で移動。到着すると,カンボジア人のスタッフの方が日本語で「こんにちは」と出迎えてくれた。ここには、アマイちゃんとアキちゃんという女の子が2人いる。2人とも孤児で、今はここで生活している。ここにいた半分くらいの時間は,彼女たちに遊んでもらっていた気がする。彼女たちは、私がクメール語を全く話せないとわかっていながらも、すごく積極的に話しかけてきてくれた。言葉はわからないが、ゴム飛びを教えてくれたり,なわとびを一緒にしよう、とさそってくれたりした。
最初、「クメール語は、話せないしなぁ・・・」とちょっと引きぎみになっていた私は、すごくこの子達がたくましく思えた。
アマイちゃんとアキちゃんだけでなく、国境で見た子どもたちも、とにかくたくましい! 私が小学生だったときも含めて,日本の子どもたちよりずっと「生きていく力、伸びる力(可能性)」をもっているように感じた。
でも、こんな子どもたちにも防ぎきれない問題がカンボジアには山ほどある。
病気,地雷による事故、売春・・・・。次回,このへんのお話もできたらな、と思います。ではまた!