
●○●第3話:カンボジアと地雷●○●
ポイペット2日目、カンボジア子どもの家の活動を見せてもらうため、高橋さんに近くの寺子屋へ連れていってもらった。ちょうどスタッフの人たちが作業をしていた。これまで、この寺子屋には教室は2つしかなかったのだが、生徒数が増えたため,もう1つ教室を増やすということだった。地面は土のままで、屋根と周りの壁は竹と藁のようなものでつくられている。この壁の部分をつくっている最中だった。最小限の材料で、設計図も巻尺もなしで、手際良く立派な壁をつくっている彼らはすごい!と思った。机、椅子、黒板も手作りだ。「つくる」ことに慣れてない私は,彼らの手際の良さに割り込んで手伝うことがほとんどできなかった。おたおたしている自分を情けないな、と思った。
作業を手伝うのはあきらめ(逆に邪魔になりそうだったので)、教室の中をぷらぷらしていると、壁にポスターが何枚か貼ってあるのに気づいた。絵が描いてあるのだが,私には何を意味しているのか、さっぱり分からなかった。その中の1つのポスターには、草が枝にくくってある絵、1本の木が道に横たわっている絵などが描かれて入た。(写真あり)“お父さん”と高橋さんに聞いてみると、それは「その絵にあるような場所に出会ったら,その先には地雷があるので行かないように!」という意味らしい。ちなみに、“お父さん”とは、カンボジア子どもの家のカンボジア人スタッフの方で,今は子どもの家のリーダーといっていいほど、重要な仕事を多くまかされている。彼の世代ではかなりめずらしいことなのだが、しっかりと教育を受けており、フランス語も堪能だっだ。その割には、えらぶった感じがないのがすごく親しみやすい。
地雷の話に戻るが,カンボジアには大量の地雷が未だ埋まっていると聞いてはいたが、私にはその恐ろしさが実感として沸かなかった。しかし、地雷はまだまだ人々の身近に潜んでいるらしい。車が通るために舗装してある道は、ほぼ大丈夫だが、草むらの小道などは危険らしい。普段、人が歩いているから大丈夫!と思っていても、雨季などの長引く雨で地雷が流され、埋まっている場所が変わることも多いと言う。実際,滞在中に地雷処理中の爆発音が、遠くからではあるが聞こえてきたことがあった。この時は少しぞっとした。
さらに地雷の恐さを実感したのは、シエムリアップにある「アキラの地雷博物館」で実際に地雷を見学させてもらったときだ。(もちろん火薬などは抜いてあるので安全。)この博物館は今は表向き閉館しているが、たまたまスタッフの方がアキラさんに用事があったため、訪れることができた。そこにはアキラさん自身が撤去した地雷が数えきれないほど展示してあった。地雷にもいろいろ種類はあるが、その中の1つで、「踏んだ瞬間に1度爆発し、2発目が150センチくらいまで飛びあがり,その位置で再度爆発する」、という仕掛けのものがあった。これは、人間の頭を吹き飛ばすようにつくられているらしい。その光景を想像してしまい,あまりのショックに、その地雷から目をはなすことができなかった。
こんな恐ろしいものと隣り合わせに生活する、ということはどういうことなんだろう...、と改めて考えさせられた1日だった。
最後に、機会があればアキラさんの実体験記「MY STORY」という冊子(私は現地で購入した)を皆さんにも読んでもらいたい。地雷問題の背景と実状がアキラさんの実体験とともにアキラさんの言葉で書かれている。地雷を含めた戦争の悲惨な光景を具体的にイメージできるだろう。今の米国のアフガニスタンへの空襲もそれ以上の悲惨な状況を生み出しているのかと思うと、報復という形は本当は何も解決しない、愚かな方法のような気がしてならない。
それでは、今週はこのへんで。