エッセー
どちらが豊か?
向 真理子
雨に濡れた熱帯の風に稲ワラのにおいが香るミャン マー(旧ビルマ)の首都ヤンゴン。その夜景は、人口
四千万人を有する一国の首都とは思えないほど、ひそ やかな光りの中にあった。目にまぶしい日本の都会の
きらびやかな夜とのあまりの違いに、なぜか私は身の ひき締まる思いがした。
昨年11月、『日本のコメはどこから来たのか』と いう本の著者である渡部忠世先生を団長とする旅に参
加した。9日間の旅程を通して、米に関する研修はも とより、私は二つの大きなカルチャーショックを感じ
た。
一つは、ヤンゴンの北にあるマンダレーの水田地帯 で収穫作業を手伝っていた少女たちとの出会いだった。
手刈りしているカマを見せてほしいと近づいた私は、 彼女たちに新鮮な感動を覚えた。ロンジーという巻き
スカートをはき、長い黒髪に竹で編んだ笠を被った1 6、7歳の少女たちは日焼けした額を汗で光らせ、手
に持っていた細長い穂首のカマをはにかみながら差し 出し、ほほ笑んだ。
とても美しいと思った。年ごろの十代の娘さんが汗 して働く姿を久しぶりに見た。今の私たちの生活の中
で、家族総出で仕事することがどれだけあるだろう。 そう思うとともに、「教育の原点は農にある」と書い
た山形の農民作家の言葉が脳裏をよぎった。
もう一つは、期待を込めて訪れたヤンゴンの北東の マチ、タウンジーの市場だった。納豆、豆腐、湯葉、
高菜漬、なれずし…。先生の著書で読んでいたが、自 分の目で見つけたときはやはり興奮した。どれも日本
独自の食べ物だと思っていたのだが、照葉樹林地帯で 稲を栽培するアジア民族共通の食文化であり、稲とと
もにそのルーツは、アジア大陸にあった。日本に稲が 持ち込まれて以来、先人たちが与えられた自然環境の
中で忍耐強く農耕を営み、その技術を高めてきたこと が分かるにつれ、「いのちの産業」としての農業だけ
でなく、衣食住すべてにかかわる「文化」としての農 業への関心が、ますます広がってくる。
ヤンゴン大学を卒業したガイド役の女性は、「面積 がミャンマーの半分しかないのに、豊かに発展した日
本は素晴らしい」と話してくれた。
「豊か?」−。
五百万人が住むヤンゴン全体の都市で使う電気を、 日本ではあっという間に消費してしまう。自然の循環
の中で生活し、ゆったりとしたおおらかさを持つミャ ンマーの人々。ここにこそ、豊かさがあった。
文明の発展と文化の豊かさとがバランス良く共存し ている日本なら、素直に胸をはれたと思う。あこがれ
がこもった彼女のまなざしがやけに気恥ずかしかった。
『北海道新聞』北見地方版リレーエッセイ
「ときわぎ」(1996年2月29日付)より転載