バリ島のスバック

農民による農民のための伝統的水利

中村均司


 インドネシアのスバックは、バリ島のヒンズー社会で900年以上の伝統をもつ水利共同体組織であり、「流水の分配」を意味するseuwakを語源とする。 水資源の不安定なインド亜大陸で起こったヒンズー教では、もともと水の存在をすべての出発点とする地母神信仰が盛んで、これがバリ島のアニミズム的汎神論(精霊信仰)と結びつき、水の神格化がなされ、スバックでのあらゆる行事は、水を中心とする神事と一体的な関係をもっているといわれる。このようなスバック組織は、現在もバリ島全体でおよそ1200を数え、総管理面積は約10万ヘクタールにのぼる。(真勢徹「水がつくったアジア」より)
 1996年5月25日、私たち一行は、午前中ウブド(UBUD)郡タバナン(TABANAN)村のライステラスを見た後、スバック資料館を見学し、午後からはプリアタン(PELIATAN)村のソーチャ(SOCA)というスバックを訪れた。ウブドは芸術の村として知られており、プリアタン村では60パーセントが農業に従事しているほか、画家、彫刻家、牧畜といった職種で占められているのが特徴的である。プリアタン村の村長であるアオさんは、私たちが訪れたときはちょうど葬儀の準備中で、その陣頭指揮をされていたが、快く案内を引き受けてくださった。スバック・ソーチャは94人で構成され、その管理面積は43ヘクタールである。スバック共同体では取水堰や水路の分岐点ごとに、水神や堰神を祭る寺院や廟(プラルブル又はウルンチャーリクと呼ばれる)を必ず一つ持っているといわれている。アオさんは村から歩いて数分のところにある彼らの寺院に私たちを案内してくれたが、そこはちょうど水路の分岐点に位置していた。
 精悍な中にも温厚で親しみ感のあるアオさんは種々の質問に親切に答えてくれた。まず、神事の中心である祭りは6ヶ月(210日)毎に行われる。即ち、毎作期の節目ごとに通水祈願や病虫害のおはらい、収穫感謝祭などが行われ、これらの行事を通じて、地域社会の連帯が保たれてきたのである。お祭りの費用は一人当たり5000ルピア(1円:約21ルピア)出資し、この他稲刈り後、お寺直し用などに、更に5000ルピア出すそうである。水の配分と供給は、各構成員の作付規模に応じて行われる。スバックの運営は、互選によって任命された代表世話役(Pekaseh)の統率のもとに実施される。作付け開始時期、神事の日取り、施設補修などに関する方針は、スバック運営規約アウイ・アウイ(Awing−Awing)に照らし決定される。水路等の維持費は別に徴収される。 バリではスバックの組織をよくするため、毎年コンペティションが開かれている。主な審査項目は、@儀式の行い方、Aスバック運営規約であるアウイ・アウイがあるか、B農業協同組合に入っているか、C税金を払っているか、D栽植方式、Eルンブンスバ(農業銀行)に金を出しているか、である。なお、スバックは農業協同組合(コーポラシー)に入らなければならないうことであった。農業協同組合に入ると、農具等が安く手に入るそうである。
 プリアタン村では稲作は2期作が行われており、収量は2期作計で10アール当たり1トン。稲の品種は、PADI KRUINGが多く、最近はMEMBRANAがよい米として作付けされている。稲の品種は政府が決めるそうである。なお、私たちの関心事であった稲の在来種であるブルは1950年代まで作られていたが、現在はもう作付けされていないということである。帰りに村の小さな雑貨店でゴムぞうりを買ったところ、その値段は2000ルピア(約100円)であった。