毎日新聞 2000年3月16日 朝刊 ふれあい 地球市民欄
市民団体「アジア農耕文化の会(事務局・大阪市)が結成されたのは1994年。「アジアの真の理解には(その田舎、農村の理解を抜きにしてはありえない」と、95年から中国やタイ、ミャンマー、インドネシアなどの辺境部を訪ねる旅を毎年続けている。今回その活動などを「モンスーン・アジアの村を歩く」の題で本にまとめた。同会はまた、ハワイ先住民との交流を進めているタロイモ基金と合流し、先月下旬にNPO(民間非営利組織)に認証され、力ンボジアの村の振興運動にも取り組んでいる。会の代表、渡部忠世さん(75)と事務局長の山田和生さん(45)に活動の経緯と今後の抱負を聞いた。【尾賀省三】
市民流フィールドワークのすすめ
「モンスーン・アジアの村を歩く」が本に
会の前身は91年にさかのぼる。農耕文化論や熱帯農業論が専門、ライフワークの渡部さんは京都大教授を経て放送大教授を7年間務めた。退官後、放送大当時の教え子らが「このままで終わりたくない」と、渡部さんの指導で91年ごろから東南アジアの農村部を歩き始めた。この活動が会の結成につながっていった。会員は今、約60人。主婦や会社員、教員、地方公務員、農民など職業はさまざまで、70歳を超える人もいる。旅のコンダクターは、旅行社経営が本業の山田さん。長年、東南アジアで農業のフィールドワークを続けてきた渡部さんの「今年はこの地域を」との発案をもとに、現地の治安などを考慮しながら、山田さんが視察日程を組む。「地理的には辺境。目数は10日程度、年齢層はややご高齢」(山田さん)という難題を、20年近い山田さんの経験でクリアしていく。しかし、一日10時間以上もバスに揺られたり、言葉もなかなか通じないなど、旅は苦労の連続。それでも一度行った人は「また次も行きたい」と必ず言うそうだ。この5年の歩みと会員の思いなどをまとめたのが「モンスーン・アジアの村を歩く−市民流フィールドワークのすすめ」だ。6章構成。1章はモンスーン・アジアの持つ魅力ある自然と農耕文化を渡部さんが概説。2章では長らくカンボジアに住み、現地で伝統織物の復興に取り組む森本喜久男さんのドキュメント「アジアの村に暮らして」を載せた。3章は「アジアの辺境の村々に実際に体を運び、自分の目で確かめたり村人に接してみることで、アジアの農業の実態、異文化の諸相を素人なりに学ぶ」を意味する「市民流フィールドワーク」についで、現地での「作法」などを経験的に記述。
4章はこれまでのツアーを、5章ではツアー参加者の苦労話や喜び、驚きなどを報告している。最終章の6章では社会学者の山中速人さんが「イメージの中のモンスーン・アジア」を寄稿した。日本人にとっての一般的なアジア観光は「リゾート地や都市」を訪れる観光か、若者のように「カオス」を求める旅に二極分化される、と指摘しているのが鮮烈だ。家の光協会刊、A5判 205ページ。定価1800円(本体)。
カンボジア「桑の木基金」も運営 地雷を撤去して養蚕業復興を
また、同会はカンボジアの養蚕復活のため森本さんらが発起した「桑の木基金」の運営に責任を負っている。71年から21年にも及んだカンボジアの内戦で、l00万〜300万人の国民が死亡したとされるが、内戦終結後のいまも国内には1000万個以上の地雷が埋められているという。これを撤去し、戦乱で廃れた養蚕業とクメール王朝から続く染織技術を復興させるため、桑の木を植えようという計画だ。基金は桑の苗木1本を育てる費用として一ロ3000円。渡部さんらは「私たちがアジアの旅で得たものに対するささやかなお礼の気持ちで取り組んでいます。参加していただければうれしい」と話す。新著の印税もすべてこの基金に寄付されることになっている。同基金の問い合わせは、同会事務局(06・6304.7800 マイチケット内)の山田さんまで。

辺境の少数民族の村でツアー参加者と
いっしょに村人が歓迎の踊りを披露
中国西双版納で1997年
活動について話す渡部忠世さん(右)と山田和生さん
毎日新聞大阪本社で小関勉写す